※この体験談は、願主から寄せられた内容をもとに、個人が特定されないよう一部編集・再構成しています。
相手だけが無傷で笑っているのが許せなかった。
相手が楽しそうにしているのを見るたびに、腹が立っていました。
なんでそっちは普通に笑ってるの、と思っていました。
こっちはまだ思い出すだけで気持ち悪くなるのに、
相手は何もなかったみたいに生活している。
それが一番許せませんでした。
謝ってほしい気持ちもありました。
でも、正直それだけじゃありませんでした。
相手が少しでも落ちている話を聞きたい。
うまくいってないと知ったら、少し安心できる気がする。
そんなことを思っていました。
最低だと思います。
でも、本音でした。
因果応報とか、報いとか、何度も調べました。
いつか返る。
悪いことをした人には返る。
そう信じたいのに、現実では何も起きていないように見えました。
むしろ、相手は普通に生活していて、
私だけがまだその場所に残されているようでした。
人を呪いたい、と思ったこともあります。
でも、現実で何かをしたかったわけではありません。
連絡したいわけでもない。
晒したいわけでもない。
嫌がらせをしたいわけでもない。
そんなことをしたら、自分の人生まで壊れるのは分かっていました。
でも、何もしないのも苦しかったです。
その時に黒願堂を見つけました。
「相手だけが無傷で終わるな」という言葉を見て、
自分がずっと思っていたことを言われた気がしました。
LINEで送った文章は、まとまっていませんでした。
相手が許せない。
相手だけ普通にしているのが苦しい。
報いを受けてほしいと思ってしまう。
でも、自分では何もしたくない。
そんな内容だったと思います。
返信では、責められませんでした。
「相手が無傷に見えることが、一番残っているのかもしれません」
そういう意味のことが書かれていて、
ああ、自分はそこが苦しかったんだと思いました。
儀式の報告は、思っていたより静かでした。
相手に必ず何かが起きるとか、
絶対に不幸になるとか、
そういうことは書かれていませんでした。
でも、私の中にあった怨みを、ちゃんと扱ってもらえた感じがありました。
それから少しして、共通の知人から相手の話を聞きました。
詳しくは書けませんが、
相手の周りで少し揉めごとがあったらしい、という話でした。
それが黒願堂の儀式と関係あるのかは分かりません。
偶然かもしれません。
でも、その話を聞いた時、
初めて「相手だけが何も失わずに終わったわけではないのかもしれない」と思いました。
もちろん、今も許したわけではありません。
名前を見れば嫌な気持ちは出ます。
相手が楽しそうにしていると、まだ胸がざわつくこともあります。
でも前みたいに、相手の存在そのものが自分への罰みたいに感じることは減りました。
相談してよかったと思うのは、
綺麗にされなかったことです。
忘れましょうとも、許しましょうとも言われませんでした。
怨んでいる自分を、無理に白くされなかった。
それが私には大きかったです。
誰にも言えないような感情でも、
まとまっていないまま送って大丈夫でした。
少なくとも私は、ぐちゃぐちゃなまま相談しました。
それでも、ちゃんと見てもらえました。
黒願堂では、誰にも言えない怨みや、相手だけが無傷でいることへの苦しさについてのご相談を受け付けています。
はじめから、すべてを整えて話す必要はありません。
まずは、言える範囲だけで構いません。
黒願堂へのご相談
ひとりで抱え続ける必要はありません。
黒願堂では、願主の内に残った怨みを、
名・数命・縁・因から見立て、
黒願として封の内へ納めます。
はじめから、すべてを整えて話す必要はありません。
まずは、言える範囲だけで構いません。
※本記事は願主の体験談をもとに再構成したものであり、記載内容は願主個人の感想です。

